「バルトロメ・ジュゼッペ・ガルネリ」 (通称「デル・ジェス」) (1698〜1745) は、「アントニオ・ストラディヴァリ」とならび、弦楽器製作史上もっとも優れた製作家の一人として、その頂点に君臨する偉大な人物です。その史上最高峰の作品は、大きく分けて4つの時期に区分されます。




[ 1期 ]

 最初期 (1714〜1725) の作品は、構造美や上品さにある種の無頓着さがみられることを除き、特徴らしいものが見当たらない、作品毎にフォームが異なる時期です。残念ながらこの時期の作品には、銘器と呼ぶにふさわしい楽器は殆ど存在しません。

また最新の研究で「デル・ジェス」は、1720年頃にクレモナを離れ、プラハの女性と結婚し、1726年にクレモナに戻るまでの間は楽器を製作していなかったようです。




[ 2期 ]

 しかし初期 (1726〜1730) の作品から、「デル・ジェス」の独創的な才能が開花していきます。

 この時期の作品の多くは、父「フィリウス・アンドレア・ガルネリ」の型で製作されており、均整のとれたフォルムとエレガントで優美なアーチにより、クレモナ特有の上品な高音の美しさと「デル・ジェス」独自のラフで力強い削りによる低音の深みが加えられ、ある種の演奏家にとっては理想的な作品と言える見事な作品が存在します。

 なお、この時期は父が病気がちだったため、楽器のボディーを「デル・ジェス」が製作し、スクロールを父が製作している作品が多く存在します。そして、ラベルも父であり、師匠である「フィリウス・アンドレア・ガルネリ」のラベルが貼ってある作品が殆どなのです。


 レオニード・コーガンが愛奏していた1726年製の ex:Colin や、1727年製の ex:Dancla、1730年製の ex:Zukerman、そしてクライスラーがメイン楽器として最後まで使用していた1730 年製の ex:Kreisler などが、この時期の代表作です。





[ 3期 ]

 黄金期「前期」 (1731〜1738) になると、「デル・ジェス」は1731年の父の入院をきっかけに自分の工房を構え、自身のモデルを模索し、弦楽器製作史上誰もが考えられなかった個性的なスタイルで見事な作品を製作していきます。

 その作品の特徴は、f字孔のウイングが幅広で力強く縦長に大きくなります。ボディーの隆起は、これまでの製作家には殆ど製作されたことのないレベルのローアーチで、ボディーレングスが 350mm〜353mm と小さめの作品が多くなります。しかしながら楽器の容積はCバウツの縦を長めとし、横板の厚みを増す事でしっかりと確保し、音量のある豪快な独自の音鳴りと情緒的な深みのある音色を併せ持つ素晴らしい作品を製作することに成功したのです。

 この時期から、ラベルは「デル・ジェス」自身の名で貼られており、彼のトレードマークにもなっている IHS (Iesus Hominem Salvator)「人類の救世主イエス」の文字がラベルに記載されています。おそらく彼は熱心なキリスト教信者だったのでしょう。そしてこの時期以降の彼の作品が、ストラディバリのような完璧で天才的な素晴らしい作品とはまた違い、理解を超えるような「神」がかった作品であった事から、ガルネリの「神」の意で、「ガルネリ・デル・ジェス」通称「デル・ジェス」と後に呼ばれるようになったのです。
(デル・ジェスの言葉の意味は、「ジーザス (イエス) 」、「神」)

 ただ、この時期の「デル・ジェス」の作品の中にも、父がスクロールを製作した楽器が非常に多く存在します。それは、父の病状が回復して1732年に退院したため、その後は父がサポート役として「デル・ジェス」が製作したボディーに近い作風でスクロールを製作していたためです。
そして1737年には、巨匠「ストラディバリ」が他界したため、ガルネリファミリーへの楽器製作の依頼が増え、「デル・ジェス」はさらにその勢いを増していったのです。


 五嶋みどりさんが現在使用している1734年製の ex:Huberman や、1735年製の ex:King、そして1944年から約50年の間アイザック・スターンが使用していた1737年製の ex:Panette、1738年製の ex:Kemp などがこの時期の代表作です。




[ 4期 ]

 黄金期「後期」 (1739〜1745) は、「デル・ジェス」の代名詞とも言うべき時期で、弦楽器製作には非常に難しいとされる、それぞれの作品が一丁一丁まったく別の個性を持つという、峻烈を極めたような作品を製作します。

 その作風は、寸分の狂いなく完璧に仕上げたストラディヴァリの作品とは相反するもので、勢いや力強さ、個性や芸術性を優先し、型にとらわれることのないよう下書きをしないで、これまで培ってきた経験や感性だけに基づき刃物で削りを入れていくという前代未聞の製作方法でした。そのためスクロールの渦巻きやf字孔の左右がまったく非対称な作品が多く存在します。そして、黄金期「前期」の作品よりもさらにアーチが低くワイドなボディで、一見すると均整のとれていない歪なフォルムの作品が多いのです。しかしながらよく見ると、音に影響を及ぼす重要なポイントは見事に捉えており、その外観からは想像できないほど様々な面から計算されている事が分かるのです。

 例えば1742年製の“Lord Wilton”は、見るものの心情や状況によって、時に弱々しく歪な作品に見えます。しかし後日改めて見ると、非常に力強く豪快で圧巻の作品にも見えるのです。この言葉では表現する事の出来ない作品が持つ奇妙な感覚が、見るものの心を捉えて離さない唯一無二の芸術品として評価され、これまで数えきれないほどのコピーイスト達が、この“Lord Willton”の模倣作品を製作し続けてきたのでしょう。


 その他、この時期の代表作としては、1740年製の ex:Ysay や ex:Heifetz、1741年製の ex:Vieuxtemps や ex:Kochanski、そしてパガニーニが使用していた1743年製の“Canon”、シェリングが使用していた1745年製の ex:Leduc などがあげられます。
(1740年に父が他界したため、それ以降のスクロールはすべて「デル・ジェス」自身によって製作され、非常に独創的なものが多い)








 今回ご紹介する1739年製の「デル・ジェス」ex:Readは、彼の4期にあたる黄金期後期の作品です。特筆すべきは、この時期まで彼の作品のスクロールは、父「フィリウス・アンドレア」が作っていましたが、本作品はスクロールを含む全てが「デル・ジェス」自身によって製作されています。 本体のボディーはこの時期の典型的な「デル・ジェス」型のスタイルで作られていて、アーチはフラット、C部は縦に長く、f字孔はウイングが幅広く立ち気味で、まるで侍が纏う兜の立物のように力強くて勢いのあるスタイルで製作されています。

 この時代、「ストラディバリ」をはじめとする殆どの製作家が、「アマティー」の型を基本形としてそれぞれのスタイルを確立しましたが、この「デル・ジェス」型は、多くの箇所がそれらとは真逆のスタイルになっていることからも、彼が極めて異端であり、それまでの伝統製法に捉われずに覚悟を持って常識や概念を越えようとしていた事が分かります。

 黄金比を用いるなど、完全に計算されたスタイルを持つ「ストラディバリ」の作品に対し、「デル・ジェス」は数値的な整合性を全く持たないにも関わらず、直感的、感覚的に完成された、まるで戦士の肉体のように見事な作品となっているのです。
それはまるで、内面にある綺麗さや品性と、誇りや豊かさを表したそれらに対し、醜さや野蛮、愚かさや怒りなどを表している様にも感じさせます。

 その今にも動き出しそうな危機迫る作品に一度触れてしまうと、その表情が脳裏から離れなくなり、まるで何かに取り憑かれたかのように忘れることのできない崇高な精神性と深い芸術性に魂を揺さぶられるでしょう。

 1930年から、イギリスの名門「ジョン&アーサー・ベアー」社が33年に渡り保有する以前、コレクターの「ヨーゼフ・リード」が所有していたことからその名が与えられております。













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参考文献
「Universal Dictionary of violin & bow makers」  著 William Henle
「Liuteria Itariana」  著 Eric Blot
「L’Archet」  著 Bernard Millant, Jean Francois Raffin