「ジュゼッペ・アントニオ・ロッカ」(1807〜1865)は、1807年4月27日にイタリアの高級ワインで有名なバルバレスコで生まれ、すぐに家族で白トリュフの産地として有名なアルバという街に移り、彼はそこで育ちました。
彼の父親「ジョバンニ・ドミニコ・ロッカ」は、弦楽器製作家でしたが、あまり成功しておらず、「ロッカ」がまだ若い頃に他界してしまった為、一家は貧しい生活を余儀なくされます。
その後、1830年に「ロッカ」は、伝染病で母と妹を同時期に亡くします。そして2年後の1832年には、二つ年下の「アンナ・マリア」と結婚して娘を授かったのですが、それもわずか2年後に妻と死別してしまうのです。
「ロッカ」は、その後もトラブルの多い人生を送り、生涯5回の結婚で4人の子供を授かっています。(一番下の息子「エンリコ・ロッカ」は、後に弦楽器製作家として跡を継ぐ)そんな波乱の多い彼の人生は、弦楽器製作にも大きく影響し、作品にもそのことがよく現れていました。そのため「ロッカ」の作品は、時期により楽器に使用する木材の材質や、楽器そのものの出来不出来の差が著しく、特に後期の楽器は無機質な作品が多く、良い作品の殆どが彼の黄金期に集中しています。
「ロッカ」は1834年の後半、当時イタリアで最も活躍していた製作家「フランチェスコ・プレセンダ」にその技術と人間性を認められ、一人でトリノへ移ります。
この時期「ロッカ」は、主に「プレセンダ」のサポートの仕事をしながら、自身の作品も主にプレセンダモデルで製作します。そのため、この時期の二人の作品は、一見すると良く似ていますが、ニスについて「プレセンダ」は、どの弟子達にもその配合や、塗りの技術を一切教えなかったため、プレセンダモデルで「ロッカ」が製作した作品と、「プレセンダ」が製作した作品を判別することは難しくありません。
しかし、「ロッカ」が製作した楽器本体に「プレセンダ」がニスを塗り、「プレセンダ」の製作した楽器として当時から販売していた作品もあるため、通常これらを見分けることはとても難しいのですが、スクロールの目の大きさと、楽器の内部構造のある部分に、その作りの違いが明白に見てとれます。
そして3年後の1837年から、「ロッカ」は自身の工房を始めます。しかし彼は貧しかったため、経済上の理由もあり「プレセンダ」とのビジネス関係は、その後も続けていきました。そのためこの頃の彼の作品は、まだ試行錯誤の時期であり、様々なスタイルの作品が存在しますが、「プレセンダ」の影響を感じる作品が多いと言えるでしょう。
そして独立後の「ロッカ」は、自分のスタイルを模索しながら弦楽器製作に励む中、1842年に、二人目の妻とも死別してしまいます。
しかし同年、「ロッカ」は彼のキャリアの中でも、もっとも重要な転機となる運命的な人物との出会いを果たします。
ヴァイオリンハンターの名で知られる「ルイジ・タリシオ」が「プレセンダ」の工房を訪れたのです。そして「ロッカ」は「プレセンダ」を介し、タリシオのコレクションの中でも銘器中の銘器、ストラディヴァリ「Messiah」と、ガルネリ「Alard」のメンテナンスを担当することになったのです。
この時期フランスでは、「リュポ」や「ヴィヨーム」が、イギリスでは「フェント」や「ヴォラー」等が、イタリアのクレモナオールドのコピー楽器を製作することで成功を収めていました。
しかし「プレセンダ」は、一貫してそれらのコピー楽器を製作せず、あくまでイタリアの伝統にのっとり、自身のスタイルで弦楽器製作をしていました。
おそらく「タリシオ」は、イタリアの製作家がクレモナオールドの銘器のコピー楽器を製作すれば、フランスやイギリス製のそれらよりもさらに良い楽器ができるのではないかと考え、まだ試行錯誤の時期だった「ロッカ」にそれらのコピー楽器の製作を勧めたのではないかと考えられます。
楽器内部のライニングは、ブロックの奥深くまで入っているのが「ロッカ」の特徴の一つ
以降「ロッカ」は、クレモナオールド楽器、特にストラディヴァリ「メサイア」と、ガルネリ「アラール」の研究を重ね、作品全体の型やサイズだけでなく、楽器内部の材質や製作方法なども解明し、見事なまでに素晴らしいコピー楽器を製作しました。しかしそれは単なる模倣ではなく、彼独自の音に対する探究の結果、どれもオリジナリティーに富んだすばらしい作品となっているのです。
その作品は、ストラディヴァリコピーの場合、楽器全体の基本形は同じですが、細部の作りは作品毎によって全て変化させています。例えば、縁周りのエッジをシャープに立て、言わばフランス楽器のように切れ味鋭くしてみたり、縁の内側の堀をラフに深く掘ることで、ガルネリのような味のあるスタイルにしてみたり、或いは縁周りを太く丸みを持たせ、暖かな印象に仕上げたものなど様々です。また、ガルネリコピーの場合、楽器本体は殆ど同じ様に製作していますが、例えば、f字孔をオリジナルのガルネリ「アラール」のように左右の形と位置を変えて製作した作品や、左のf字孔を裏返して右のf字孔に使うことで、左右を全く同じにするなどし、常に音への探求を深めていたと考えられます。
その結果、「ロッカ」は1844年にトリノ、1846年にジェノバ、1850年には再びトリノ、1851年にはロンドン、1854年にジェノバ、1855年にパリ、1858年にトリノ、1861年にはフィレンツェの弦楽器製作コンクールで合計8回もの賞を獲得し、まさに19世紀のイタリアを代表する弦楽器製作家に君臨していったのです。
そして今日では、「ロッカ」の黄金期(1842年〜1851年)の作品の中でも、特にデキが良く、状態の良いものは、師匠「プレセンダ」の作品よりも高値で取引されているものさえ存在するのです。
今回ご紹介する1848年製の「ロッカ」の作品は、彼の黄金期真只中に製作された見事なストラディヴァリコピーの作品で、彼独自の研究の結果「ストラディヴァリ」よりもボディーを少しワイドにし、アーチも若干フラットに改良しております。
これにより、「ストラディヴァリ」のような明瞭な響きを持ちながらにして、「ストラディヴァリ」とはまた一味違う、太くて力強い「ロッカトーン」を生み出しているのです。
また、この楽器は、1897年と1971年にイギリスの名門「ヒル・アンド・サンズ」によって販売された記録と、同社のコレクションナンバーが残っております。
なお、作品の豪名“ドラゴンズ・ブラッド”は、龍のようなシナヤカさと力強さを併せ持つ、深いレッドヴァーニッシュに由来します。
1850年製の作品は、同じく黄金期に製作された見事なガルネリ「アラール」の完全コピーの作品で、明るく輝かしい高音の力強さを失うことなく低音の奥深さを実現した、大変素晴らしい作品となっております。
Giuseppe Antonio Rocca Turin 1848 ex,Hill “Doragon's blood” model < Strad >
Giuseppe Antonio Rocca Turin 1850 model < Guarneri ex,Alard >
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参考文献
「Universal Dictionary of violin & bow makers」 著 William Henle
「Liuteria Itariana」 著 Eric Blot
「L’Archet」 著 Bernard Millant, Jean Francois Raffin