「ジョゼフ・アルフレッド・ラミー」(1850〜1919)は、「フランソワ・ニコラ・ヴォアラン」のスタイルを完全に継承し、さらに自身のスタイルを求めて研究を重ね、後に20世紀を代表する弓製作家となる「ユージン・サルトリー」に多大な影響を与えた人物です。
その作品は、“ラミートーン”と呼ばれる独自の暖かみのある柔らかな音色を持っていて、特にモダンイタリアンなど若い楽器との相性が良く、それらが持つ音の響きを甘味で美しい音色に変えてしまうような魅力的なものでした。




 1850年9月8日にフランスのミルクールで、ヴァイオリン作りの父「ジーン・ジュゼフ」のもとに生まれた「ラミー」は、12才の頃から「シャルル・ニコラ・ウッソン」の下で弓製作を学びます。「ウッソン」は主に「ペカット」スタイルの弓を製作していましたが、「ラミー」はこの時、同じ工房で修行をしていた「ウッソン」の息子「シャルル・クロウド・ウッソン」と、義理の息子「ジョゼフ・アーサー・ヴィネロン」と共に、主に「ヴィヨーム・ボワラン」* のスタイルに影響された弓を製作しています。






その後「ラミー」はミルクールを離れ、「フランソワ・ニコラ・ヴォワラン」の弟「ジョゼフ・ヴォワラン」の工房などに出入りしながら弓製作を続け、1870年に20歳で結婚して4人の子供を授かります。この子供達の立会人は「ジョゼフ・ヴォワラン」が務めていることから、「ラミー」と「ヴォワラン」の親密さが伺えます。


そして1876年に「ラミー」は、念願だった「フランソワ・ニコラ・ヴォワラン」の下で働くためにパリへと発ち、アシスタントとして働くことになったのです。






兼ねてから尊敬する「ヴォワラン」のスタイルに影響された弓を製作していた「ラミー」は、この頃から更に熱心に働き、師匠から直接指導を受けることにより、「ヴォワラン」が製作した作品とほぼ見分けがつかないほど瓜二つの見事な弓を製作して、その才能を開花させていきます。その結果、「ヴォワラン」と「ラミー」はお互いに刺激し合い、共に発展する理想的な関係を築き、数多くの素晴らしい作品を製作したのです。




 その後、1885年に「ヴォワラン」が他界したため、「ラミー」は独立して自身の店をパリに構えます。
この時期から約4年間は、「ヴォワラン」のスタイルを完全に継承した素晴らしい作品を製作し、1889年にパリの国際コンクールで銀賞を獲得します。
そして黄金期を迎え、多くの製作者から一目置かれる存在となった「ラミー」の工房には、のちに20世紀を代表する弓製作家となる「ユージン・サルトリー」が出入りするようになります。





「サルトリー」は、この時期「ラミー」から大きな影響を受け、「ラミー」と非常に良く似た作品を製作していまが、同時に「ラミー」も「サルトリー」から強い影響を受け、作品は変化していきます。
弓のスティックとフロッグが、ややボリュームを増し、力強く、より洗練されていきます。また、「F.X.トルテ」の作品を研究するなどしてさらに研究を深め、音色と音量の両立をはかり、その結果、1900年にパリで開催された国際博覧会では見事に金賞を獲得しています。

このことにより、更に多くの注文を受けるようになった「ラミー」は、息子たちに下仕事を手伝わせることで、より多くの作品を製作していきます。その作品は、ヘッドのシャンファー(面取り)が幅広になるなど、さらに力強い作品へと変化し、最終的な“ラミースタイル”を完成させました。





 1910年以降は、三男「ヒッポリー・カミール・ラミー」と四男「ジョージ・レオン・ラミー」との共同制作の作品が増えていきますが、三男「ヒッポリー・カミール」は、父に匹敵する素晴らしい作品を多く製作しているため、それらの作品は、父と同評価の価格で取引されることがあります。
そして1915年に、「ジョージ・レオン」が戦死により先立ってしまったため、以降「ラミー」は、1919年にインフルエンザで他界するまで「ヒッポリー・カミール」と共に、二人で弓製作を行ったのです。

なお、「ラミー」は、他の弓製作家と違い、弦楽器メーカーのためには弓製作を行わず、安定して非常に多くの作品を製作したため、現在でも数多くの作品が残されていて、世界各国の演奏家、収集家、楽器商、製作家に求められております。
また、「ヒッポリー・カミール」は父の死後工房を引き継ぎ、その後も弓製作を続けますが、それらの作品には、父が使用していたものと全く同じ焼印が押されているため、父が製作した作品として扱われてしまっている弓が少なくないことは周知の事実です。







 今回ご紹介する「ジョゼフ・アルフレッド・ラミー」の作品 “Ex-ギヨーム” は、1889年にパリで行われた国際博覧会に出品された作品で、銀賞を獲得しています。
その作品は、ヘッドが優雅で繊細な美しさを持つ「ヴォアラン」の典型的なスタイルと瓜二つで、フロッグは象牙と金で製作された非のうちどころのない見事な作品です。また、ラッピングと皮は当時のオリジナルが残されていて、ヘッドのチップや、ボタンのスクリュー、フロッグのメネジに至るまで、それらすべてがオリジナルのまま残されたパーフェクトコンディションの作品となります。なお “Ex-ギヨーム” の名は、ベルギーの鑑定家「ピエール・ギヨーム」がコレクションしていたことに由来します。






 次にご紹介する作品 “Ex-ミラン” は、1900年に製作された作品で、弓のヘッドがラウンド・スタイルのまま、幅広に仕上げることで重量感を増し、スティックも深みのある上質な木材で太めに仕上げられた力強い作品となっております。また、フロッグもエレガントなスタイルはそのままに、やや厚みを増した力強い作品となっていて、金黒檀により製作されております。こちらもほとんど使用されず、オリジナル・ラッピングが残された素晴らしい状態を保っております。フランスの鑑定家「ベルナード・ミラン」が長期間大切にコレクションしていた作品となります。






*「ヴィヨーム・ボワラン」:「ヴォワラン」が「ヴィヨーム」のために製作した弓の通称









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参考文献
「Universal Dictionary of violin & bow makers」  著 William Henle
「Liuteria Itariana」  著 Eric Blot
「L’Archet」  著 Bernard Millant, Jean Francois Raffin