Giuseppe Pedrazzini  「ステファノ・スカランペラ」(1843〜1925)は、アマチュア弦楽器製作家の父「パオロ・スカランペラ」の2番目の息子として、サンタレッサンドロで生まれます。
兄「ジュゼッペ・スカランペラ」は、父「パオロ」だけでなく、プロの弦楽器製作家「ニコロ・ビアンキ」にも習い、本格的に弦楽器の製作をしていましたが、あまり成功していなかったため、貧しい生活を余儀なくされます。そのため「ステファノ」は、建具屋の仕事をしながら、アマチュア弦楽器製作家として時間を見つけては、父と兄に習って弦楽器を製作しました。




 1886年に「ステファノ」は、蒸気機関車に関わる仕事をするためにマントーヴァに移りますが、この時、既に結婚して奥さんと二人の息子がいたため、四人の家族を養うために、建具屋の仕事も続けます。
やがて息子二人も成人となり、1890年の47歳にしてようやくプロの弦楽器製作家になりました。
しかし、この時期はまだ試行錯誤の繰り返しで、クリエイティブな良い楽器が少ない時期でしたが、1902年に兄「ジュゼッペ」が他界すると、「ステファノ」は兄が使用していた道具や型枠、木材などを全て譲り受け、これを機に、さらに深く弦楽器製作に没頭したのです。
その結果、1903年には自身のスタイルを確立させ、瞬く間に数多くの注文を受けるようになり、「ステファノ・スカランペラ」の黄金期を迎えます。

 その作品は、この時期の他のイタリアの作者にはない、唯一無二の独創的な個性と力強さを兼ね備えており、“悪魔の囁き”を感じさせるような、その自発的でなんとも言えない表情からは、あの「ガルネリ・デル・ジェス」を思い起こさせるような雰囲気さえ持っているのです。
しかしながらその一方では、時に表情がとても豊かで、しなやかな繊細さをも併せ持ち、ダークレッドの深いヴァーニッシュと相まって、モダン楽器でありながらにして、オールド楽器のような魅力的な音質を持った楽器さえ存在します。
その影響は大きく、後に弟子の「ガッダ」をはじめ、多くの作者が「ステファノ・スカランペラ」作品を摸倣するようになるのですが、彼独自の個性までをコピーすることは誰にもできなかったのです。



Giuseppe Pedrazzini  その「スカランペラ」作品の多くは、同じマントーヴァの先人「ジュゼッペ・ダラリオ」や「トーマソ・バレストリエリ」、そして兄「ジュゼッペ・スカランペラ」が製作した「デル・ジェス」コピーの作品にインスパイアされていますが、それは単なるそれらの模倣作品とは違い、彼独自の研究の結果がもたらすオリジナリティーに富んだ素晴らしい作品であり、長期間、貧しい生活を余儀なくされながらも、諦めずに鍛錬を重ね続けた「スカランペラ」の非凡さを感じさせる作品なのです。
そのため「ステファノ・スカランペラ」の黄金期の作品は、現在でも大変人気があり、トリノの「ファニオラ」、ボローニャの「ポッジ」と並び、モダンイタリアンの巨匠として今も君臨しています。




 1919年になると、弟子に「ガエタノ・ガッダ」を雇い入れたため、「ガッダ」と共同で製作したコラボレーションの作品と、「スカランペラ」自身で全て製作した作品が存在します。
その後、「スカランペラ」は持病の痛風と関節炎が悪化し、高齢による体力の衰えもあり、1924年には「ガッダ」とビジネスコントラクトを交わし、工房と弦楽器製作に使用する道具を全て譲り渡す代わりに、作品の全てを「ガッダ」に製作させることにしたのです。そのため、1924年以降の「ステファノ・スカランペラ」のオリジナルラベルが貼られた作品は、すべて「ガエタノ・ガッダ」の製作した楽器となります。
しかし、この期間は1年足らずと非常に短く、1925年に「ステファノ・スカランペラ」は82歳で他界してしまい、彼の製作活動も終焉を迎えました。




 今回ご紹介する1922年製の「スカランペラ」の作品は、弟子の「ガッダ」との共同製作期に製作された作品ですが、この楽器に鑑定書を書いた「エリック・ブロット」氏によると、「ガエタノ・ガッダ」との共同製作の時期に「ステファノ・スカランペラ」自身が製作した楽器、と書かれております。しかしながら、筆者の個人的見解では、スクロールの作りに「ガエタノ・ガッダ」の手癖を感じる部分があることを正直に付け加えなければなりません。ただし、楽器本体の製作は、若干の技術的な衰えを感じさせるところがあるものの、「スカランペラ」独自の味わいと強い個性を感じることのできる、晩年の典型的な作品であり、その後の作者達が製作した「スカランペラ」コピーの作品にはない、独自の強い表情を持つ見事な作品となっております。
また、輝きのあるオレンジゴールドの下地にのせた、レディッシュブラウンの柔らかく上質なニスが、この作品の持つ素晴らしい音色に貢献していることは、言うまでもありません。















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参考文献
「Universal Dictionary of violin & bow makers」  著 William Henle
「Liuteria Itariana」  著 Eric Blot