アルテュール・グリュミオー 「ジョヴァンニ・フランチェスコ・プレセンダ」(1777〜1845)は、「ジュゼッペ・アントニオ・ロッカ」(1807〜1865)と並び、19世紀の「ストラディヴァリ」と称される、北イタリア・トリノの発展にもっとも貢献した弦楽器製作家です。
「ロッカ」が、主にストラディヴァリやガルネリ・デル・ジェスのコピー楽器を製作したのに対し、「プレセンダ」は、自身のモデルを探求し、そのスタイルを確立して最後まで自身のモデルで製作しました。その意味において「プレセンダ」は、それぞれの製作家が自身の型をデザインして製作していた“オールドイタリー”の伝統的製作を継承した正統派の最後の製作者と言えるかも知れません。
しかしその一方で、「プレセンダ」は新たな時代を切り開いた“モダンイタリー”の頂点に君臨する素晴らしい製作家として、現在ではその名を知られております。




「プレセンダ」は、1777年にアルバというトリノ近郊で、ワインや白トリュフの生産でも知られる小さな町に生まれます。そしてヴァイオリン奏者でその修理も手がけていた父親から、その奏法と修理を学びます。その後、ヴァイオリン製作を学びにフランスの工房を出入りしていたこともあるようです。また、「プレセンダ」は弦楽器の製作だけでなく、家具の製作や宝飾関係の仕事等もしていました。そして40歳の頃に、「G.B.ガダニーニ」(1683〜1770)がイタリア北部を放浪した旅の末、コジオ卿の招きを受けて身を落ち着かせた都市トリノへ出て、本格的に弦楽器の製作を始めます。すると彼はその才能をすぐに開花させ、トリノを中心とする北イタリアのソリスト達によって、「プレセンダ」の名は瞬く間に知れ渡ります。多くの演奏家達に支えられて研究熱心だった彼は、アマティやストラディヴァリ、ガルネリ、ガダニーニの影響を受けながらも完全なるオリジナルスタイルで製作を続けます。以後、1829、32、38、44、55年の5度にわたって、トリノの展示会でメダルを受賞しました。

Giovanni Francesco Pressenda Turin 1840 ex Grumiaux


この時代、既に数あるクレモナの作品の中でも、ストラディヴァリとガルネリ・デル・ジェスが突出して素晴らしい作品であることが認知されており、フランスではリュポやビヨームが、イギリスではフェントやヴォラー兄弟が、そしてイタリアでもディスピーネや弟子のロッカまでもが、それらクレモナの巨匠達のコピー楽器を主に製作していました。しかしながら「プレセンダ」は、一貫してコピー楽器を製作せずに自身のスタイルを生涯貫き、ついには、ストラドモデル、ガルネリモデル、に並ぶ、「プレセンダモデル」を確立したのです。そのことは、後に20世紀を代表する弦楽器製作となるトリノの名工、「ハンニバル・ファニオラ」がプレセンダモデルの作品を最も多く製作することにも繋がったと言えます。




ヴァイオリン製作の歴史はその後20世紀初めに、このファニオラやレアンドロ・ビジャッキ等によりトリノとミラノで繁栄を極め、ジュゼッペ・フィオリーニによる、収集したストラドディヴァリが実際に使用していた道具や型枠などのクレモナへの寄付、そしてそれらをさらに深く研究した修復家のフェルディナンド・サッコーニや、クレモナの弦楽器製作学校設立に貢献したジュゼッペ・オルナッティ、フェルディナンド・ガリンベルティ、ピエトロ・スガラボット等によって、現在のクレモナ弦楽器製作の繁栄へと回帰していくのです。

18世紀のトリノの栄光を築いた「ジョバンニ・フランチェスコ・プレセンダ」は、まさにストラディヴァリ、ガルネリ・デル・ジェスにつぐ、弦楽器製作界の巨匠の一人と言えるでしょう。




なお、「プレセンダ」が、クレモナ最期の製作家「ロレンツォ・ストリオーニ」(1751〜1802)の弟子だった、と記された書籍や文献が多く存在しますが、このことを証明する具体的根拠はなく、楽器の作りやニス、その製作方法を見る限りこの二人が師弟関係にあった可能性は低いと考えられます。
また、「ストリオーニ」と交流のあった、もう一人のクレモナ最期の製作家「G.B.チェルティ」からのクレモナ派弦楽器製作の流れは、息子の「ジュゼッペ・チェルティ」、孫の「エンリコ・チェルティ」、さらにはその弟子の「ガエタノ・アントニアッツィ」へと引き継がれますが、「G.B.チェルティ」以降のそれらの作品は、クレモナの王道の弦楽器製作からは大きく外れていってしまい、強い個性派の作品へと変化し過ぎたため、衰退していったのです。
「G.B.チェルティ」がクレモナ最後の名工と呼ばれる所以はそこにあります。

そのため「アンドレア・アマティ」(1525〜1611)から始まった250年にも及ぶクレモナの栄光は、産業革命と時を同じくして幕を閉じ、それに変わって時代に君臨したのが、トリノで活躍した「ジョバンニ・フランチェスコ・プレセンダ」だったのです。

こうした背景を理由として、筆者は「プレセンダ」以前のイタリア製弦楽器を“オールドイタリー”とし、それ以降を“モダンイタリー”と定義つけております。
(外国では19世紀の楽器をセミオールドと呼ぶことが多いようです。)



アルテュール・グリュミオー

今回ご紹介する1840年製の「プレセンダ」の作品“Ex-Grumiaux” は、アーチがフラットで、横板に厚みを持たせ、楽器の幅もワイドなため、迫力とボリューム感があります。また、木材も非常に細かく目の詰まった木材を使用していて、「プレセンダ」の作品にしばしば見受けられる、キメが細かく綺麗で美しい音色があるものの力強さと低音の太さが足りない、といった弱点を完全に克服しております。
特に、美しさに強く拘る「プレセンダ」が、あえて表板に節のある固くて強い木材を選んでいることから、弟子のロッカの影響が伺えます。また仕上げのニスも、下地にゴールドの効いたレッドブラウンの深いオイルニスを使用することにより、太くて力強いディープな低音と、輝きのある美しい高音の響きを両立させております。

なお、この楽器はヴァイオリンの演奏史上、最も美しいヴィブラートを持つと称されるベルギーの名ヴァイオリニスト「アルテュール・グリュミオー」が、1951年頃に頻繁にコンサートなどでも使用していた作品となります。












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参考文献
「Universal Dictionary of violin & bow makers」  著 William Henle
「Liuteria Itariana」  著 Eric Blot