VOIRIN, Francois Nicolas1833 - 1885
フランソワ・ニコラ・ヴォアラン



フランソワ・ニコラ・ヴォアランはパリ一の工房を開いていたビョームの従兄弟で、彼の工房では、責任ある地位を任されていました。そのひとつには、シャルル・ペカットの監督、指導があり、弓製作の歴史に大きくかかわっていると言えるでしょう。また、彼はフランソワ・トゥールテなどの巨匠達が残した素晴らしい弓に敬意を表し、それらを忠実に再現しています。


【 Francois Nicolas VOIRIN の生涯 】
183310月1日 ミルクールで生まれた。
父 Nicolas はオルガン作りをしていた。彼には Joseph という弟がいて、彼も弓製作の道に進んだ。
ミルクールにいた頃、おそらく彼は沢山の弓を製作したと考えられるが、彼の作品は見当たらない。
184512歳Jean SIMON の下で弓製作を学んだ。
185522歳彼はパリに出て、従兄弟の Jean Baptiste VUILLAUME と共に働き始めた。
この工房では Vuillaume スタイルのフロッグを製作した。
185926歳9月3日 Anne Therese Magnie と結婚した。
二人の間には3人の娘が生まれたが、誰も弓製作やバイオリン製作に携わる仕事に就かなかった。
186734歳VUILLAUME は従兄弟の VOIRIN を優遇していて、展示会に出展する機会などを与えていたが、二人の間には度々論争が起こり、共同作業もまもなく終わりを迎えた。
VUILLAUME 作の弓に VOIRIN の写真を入れたものが存在する。
187037歳1月1日 パリ1区の Bouloi 通りに店を構えた。
187239歳Louis THOMASSIN と提携し、生涯共に仕事をした。
ヘッドが以前よりも薄くなり、上品で洗練されてきた。焼印は初期の頃は VUILLAUME と同じ位置に押していたが、この頃からフロッグ中央あたりに押されている。
187643歳Alfred LAMY も仲間入りした。3人は非常に良い関係を築き、沢山の価値ある弓を残した。LAMYの製作した弓の中で、やや軽めの物は、この時期の演奏家が好んでいたスタイルで、VOIRIN の意向とはやや異なる。
彼は、共同作業で作る弓と、自分個人の商品を区別しており、自分の弓や材料は決して他の二人には触らせなかったようだ。夫人が毛の選定やラッピングなどの下準備をしていた。
この時期に TOURTE コピーの弓を製作している。
TOURTEコピー弓の特徴:ヘッドは力強く、シャンファーが厚い。フロッグにはアンダースライドがない。アジャスターはワンピースでやや大きめ。
188552歳6月4日 パリで亡くなった。
彼の死後、Louis THOMASSIN が跡を引き継ぎ、約5年程その場所で働いた。


ヴォアランのスタイルは力強いペカットスクールと女性的なビョームスタイル両方の良いところを取り入れて製作されています。彼の死後、妻 はLAMY や C.N.BAZIN が製作した弓に VOIRIN のスタンプを押して販売していて、それらの弓は通称‘VOIRIN de la Veuve’(ヴォアランの未亡人)と呼ばれています。