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1889 | | 5月15日 ミルクールで生まれる。 バイオリンメーカーであった父 Georges は当時 J.B.VUILLAUME の下請けとして働き、後に DERAZEY の下請けも引き受けていた人であった。 彼は第一次世界大戦で出征したが、ドイツ軍の捕虜となった。
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1919 | 30歳 | 戦後 E.A.OUCHARD の姉 Marguerite と結婚。彼らは沢山の子供に恵まれたが、この仕事に携わったのは弓職人となった Roger Francois とバイオリン工房で働くようになった Michael の2人だけであった。
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1921 | 32歳 | この時期まで BAZIN 工房の職人リストに載っている事から、この工房で弓製作の手習いを受けたと考えられる。
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1922 | 33歳 | CUNIOT-HURY の工房で働き始めた。
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1925 | 36歳 | 工房を出て、弓製作者の BROUILLIER と共同経営を始めた。 この頃の作品はとても丁寧に作られ、エレガントで丸みを帯びていた。以前よりもヘッドのほほ部分が平らで、上部は角ばっている。
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1926 | 37歳 | 共同経営はあまり上手くいかなかったので、ミルクールに自分自身の店を構えた。
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1931 | 42歳 | 2度引越してミルクールの Breuil に落ち着く。 この頃工房で雇っていた職人は、Rene BERNARD、Marcel Charles LAPIERRE、Marcel MANGNET。 この頃から彼の弓のモデルはより力強いものになっていった。
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1940 | 51歳 | 息子の Roger Francois をアシスタントにする。
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1960 | 71歳 | 仕事をリタイヤして息子に工房を引き継いだ。
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1970 | 81歳 | 3月21日に他界。
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